心揺さぶられました。市子がどのような境遇で生きてきたのかが分かると、最初と最後で見え方が全く変わってきます。映画の面白さを堪能しました。
評判通りの、すごい作品です。
監督・キャスト
監督
戸田彬弘
キャスト
杉咲花…川辺市子
若葉竜也…長谷川義則、同棲していた恋人
森永悠希…北秀和、市子の高校時代の同級生
倉悠貴…田中宗介、市子の高校時代の恋人
中田青渚…吉田キキ、市子の大人になってからの友人
石川瑠華…北見冬子、失踪した市子に自殺幇助を依頼
大浦千佳…山本さつき、市子の小学校時代の友人
渡辺大知…小泉雅雄、市子の母なつみの元恋人、ソーシャルワーカー
宇野祥平…武藤修治、市子を探す刑事
中村ゆり…川辺なつみ、市子の母
あらすじ
川辺市子(杉咲 花)は、3年間一緒に暮らしてきた恋人の長谷川義則(若葉竜也)からプロポーズを受けた翌日に、突然失踪。
途⽅に暮れる⻑⾕川の元に訪れたのは、市⼦を捜しているという刑事・後藤(宇野祥平)。後藤は、⻑⾕川の⽬の前に市子の写真を差し出し「この女性は誰なのでしょうか。」と尋ねる。
市子の行方を追って、昔の友人や幼馴染、高校時代の同級生…と、これまで彼女と関わりがあった人々から証言を得ていく長谷川は、かつての市子が違う名前を名乗っていたことを知る。
そんな中、長谷川は部屋で一枚の写真を発見し、その裏に書かれた住所を訪ねることに。捜索を続けるうちに長谷川は、彼女が生きてきた壮絶な過去と真実を知ることになる。
『市子』公式HPより引用
感想
市子の過去をさかのぼり、人物像や出来事が明らかになっていくミステリー展開であり、同時に周辺人物からひとりの人間を掘り下げていく人間ドラマでもあります。
私は社会的な問題を浮き彫りにするというより、市子の個人的な物語ととらえました。
物語は失踪から始まり、市子の過去をさかのぼっていきます。想像していた過酷さをはるかに超え、途中までは胸の詰まるような展開です。
しかし、途中から、市子はその時その時で今を精一杯生き、意外と幸せなのかもしれない…と感じるようになりました。
自由を奪う者は排除し、自分の人生を生きたいという強い欲望が、市子の静かな佇まいから強烈に感じられます。
恋人と積み重ねた幸せな日々を捨てられるほど、生き抜くことに貪欲でいられるなら、むしろ幸せなのではないでしょうか。
善も悪も関係ない、全てをリセットして姿を消し、何者でもない新たな自分になる…それができる市子の強さがまぶしくも感じられました。
ここからネタバレ
最後ははっきりと描かれておらず、車で海に沈んだ男女が誰だったのかは明らかになっていません。
私は、北と自殺志願者の女性で間違いないと思っています。
市子は自殺などしないはず。執着してくる北を始末し、自殺志願の女性を一緒に殺し、亡くなった女性の保険証を手にして、新しい人生を生きていくのでしょう。
そこまでの計算があって、2人を呼び出したに違いありません。
妹の月子、ソーシャルワーカーの男、そしてストーカーの元同級生と自殺志願女性。市子は4人を殺しているはずです。
映画内ではっきりと説明する必要があったのでは、という議論もありそうですが、私自身は今作の通りで良かったと思っています。いわぬが花という言葉もありますし。
まとめ
ただささやかな普通の毎日を送るためだけに、凄まじいまでの生命力で生き抜く市子。
重く厳しい話ではありましたが、一方で不思議なパワーをもらえた作品でした。
とにかく杉咲花さんの演技が素晴らしいのと、恋人役の若葉さんが愛情深さを示していることが、大きな救いとなっています。
なぜプロポーズで市子はあんなに涙を流していたのか…初めは分かりませんでしたが、最後にはしっかりと感じ取れました。愛されている喜びと、別れの決意がないまぜになって、彼女の感情を大きく揺さぶっていたのでしょう。
貧困、無戸籍、ヤングケアラー、殺人になりすまし…非常に多くの問題を抱えた物語でしたが、鑑賞後感が悪くないのは、市子の善悪を超えた生きる力が光を放っていたからだと思います。
とても面白い作品でした。