『暗殺の森』映画感想文・映像の豊潤さに酔う

「午前十時の映画祭13」で観てきました。だいたい9時台に始まるので、少し気合を入れて準備しないと観に行けません。「暗殺の森」は未見なので、以前から楽しみにしていました。

『ラスト・エンペラー』ベルナルド・ベルトルッチ監督がまだ20代の頃に製作した、1971年のイタリア映画です。

あらすじ

1938年のローマ。哲学講師でファシストのマルチェロはパリに亡命した反ファシストであるクアドリ教授の暗殺命令を受ける。

マルチェロがこうして世間の波に乗りファシズムを受け入れ、普通の生活を望んだのは、13歳の時にリーノという男に襲われそうになり、射殺してしまったトラウマからきていた。

新婚の妻ジュリアを連れ、赴いたパリには、クアドリ教授とその若い妻アンナがおり、マルチェロは奔放なアンナに魅了される。

クアドリ教授が別荘へ向かう車をマルチェロが追う。しかしそこには予定外の妻アンナが乗っていた。

感想

政治的思想が絡むストーリーで、ファシズムなど少し理解しづらい部分があるものの、主人公マルチェロは早い話、カッコいいだけの男。

しかし映像美に圧倒され「薄っぺらくても、カッコよければそれで充分!」 という気もしてくるから不思議です。

自分の信念から来るファシストではなく、子どもの頃に人を殺した(と思い込んでいる)ため、大勢に紛れたい、思想的に普通でいたいという心理がはたらいてのこと。

紳士的な外見とは裏腹に、気が短く直情的な一面も持っており、女癖もよろしくない。

また、その妻ジュリアも魅力的ではありますが、マルチェロにベタベタするだけで中身のない女性であり、こちらもなんだかしょうもない女、という感じ。つまりお似合いの夫婦です。

しかし一方で 、視覚的要素がとてつもなくリッチであり、人物も衣装も風景もすべてが芳醇で美しく、眼福というのでしょうか、見る喜びが存分に感じられます。

特に、人物ではマルチェロが魅了されるアンナ役のドミニク・サンダが魅力的で、彼女の登場には目を奪われました。

登場時のスタイルは、同じ頃に公開された『ベニスに死す』のビョルン・アンドレセンのセーラー服姿にも似ていました。

当時のファッションに合わせて彼女が着こなすレオタードやドレスのスタイルも素晴らしく、その挑発的な態度と相まって、女性から見ても魅力的です。

特筆すべきは、彼女がわずか19歳でこれらの演技をこなしたことです。

アンナは企みのある、良くも悪くも賢そうな女性に見えました。しかし、その彼女が、どうして最後、夫のクアドリ教授に突如同行したのか? 彼女は暗殺を予見していたようでしたが。

マルチェロは自分を愛しているから助けてくれるはず、という思い込みなのか、実は想像力の欠如した人間だったのか、その辺がはっきりと語られず、物語に謎と深みを与えています。

暗殺の場面でも、ただ見ているだけで何もできないマルチェロ。人間のダメなところ、どうしようなもないところが、味わい深く描かれていました。

さらに数年後には、13歳の事件が未遂だったことが明らかになる瞬間があり、ファシズムの崩壊と重なり、マルチェロの苦悩と哀れさがより強調されました。

過去にとらわれ、固執して生きる男と、奔放に生きて死んでいった女の対比が描かれ、どちらが幸せだったのか、と考えさせられました。

『ラスト・エンペラー』のテーマがこの映画と地続きであると聞きましたので、もう一度見直してみようと思います。