ある男X(窪田正孝)が本当は何者なのかというミステリー的側面と、そこに関わり自らのアイデンティティを深堀りしていく城戸(妻夫木聡)の心理的側面があり、とても面白かったです。
劇場公開時に見ればよかったなと後悔しました。
↑ キャストの豪華なこと!
目次
谷口里枝は離婚後に子どもを連れて故郷へ帰り、そこで出会った大祐と再婚、新たに生まれた子どもと4人で幸せな家庭を築いていた。3年後、大祐は不慮の事故で帰らぬ人となったが、長年疎遠になっていた大祐の兄が、遺影に写っているのは大祐ではないと話したことから、夫が別人だったことが判明する。
弁護士の城戸は里枝から、亡くなった夫・大祐の身元調査をして欲しいという相談を受ける。城戸は男の正体を追う中で様々な人物と出会い、真実に近づいていく。
2022年製作/121分/G/日本
配給:松竹
劇場公開日:2022年11月18日
かなりいろいろなことが起こるので、何が本筋なのかを見失いそうになりましたが、見終わると城戸自身の物語だったことがわかりました。
弁護士の城戸は、里枝の夫の素性を調べていく中で、自分の出自やアイデンティティに向き合わざるを得なくなり、どんどん「ある男X」にはまっていきます。
抑制の効いた中にも次第にのめり込んでいく妻夫木さんの演技がとても良いです。
なぜ戸籍を偽ったのか…どのような人生を送ってきたのか…。
それは、城戸自身が在日三世であり、資産家の両親を持つ妻を持ち(婿養子かも)、それを隠れ蓑のように出自を隠して生活していることと関係があります。
ある男Xが、死刑囚の息子であり、戸籍を偽って暮らさざるを得なかったことを、自分の人生に重ね合わせていきます。
ラスト近く、城戸の妻が浮気をしていることがわかってしまう場面と、城戸が初対面のバーの客に身元を偽って語ってみる場面がありました。
城戸は妻が浮気をしていても、知らないふりをするつもりのようです。彼にとって、心の通わない妻であっても、彼女(と義両親)は自分の素性を隠してくれる大切な隠れ蓑であるから、今の生活に波風を立ててはいけないという判断を瞬時にしたのです。
また、バーでの出来事は、城戸が自分を偽ることを試してみた瞬間でした。
本当の自分を捨てて別の人間になりすませば、一体どのような感情が生まれるのか、ある男Xの心情に近づいてみたのでしょう。
目の前にかけられていたのはルネ・マグリットの「不許複製」(1937年)という絵。
絵の中で鏡に向かっている男性が見ているのは、自分の後ろ姿です。
鏡の中の自分でさえ、こちらに背を向けているという孤独感と、たかがアイデンティティなど、口先ひとつで簡単に偽ることができるという希望や可能性のようなものがそのシーンから感じられました。
マグリットは自殺した母親の顔を見てから、人間の顔を描けなくなったと言われますが、そのモチーフが死刑囚小林の絵や、里枝の夫の絵に使われているのも興味深かったです。
キャストは多くが主役級の方々で本当に素晴らしく、その中でも小籔千豊さんが良かったです。
こういった重いテーマの物語の中で、ふと気持ちのほぐれる関西弁ながらも、浮わついたところもなく、とてもお上手でした。かの吉本新喜劇の元座長さんですし、当然といえば当然ですが、今後もっと演技を見せていただきたいと思いました。
ジェニー・ハイでドラムを担当されてもいますし、多才な方ですね。
あと、昨日『ロストケア』を見たのですが、今作にも柄本明が出ていて、知らなかったので一瞬笑ってしまいました。
クセの強い囚人役で、下手すぎる関西弁を使っていたのが印象的でした。
私が思うに、城戸を撹乱して、もてあそんでいたのかもしれないですね。それが逆に城戸の思考を深めることになっているのがまた面白いです。
とてもいい作品でした、ちょっとギクシャク感はあるけれど、それも含めて私は好きです。