後半の何気ないシーンで涙があふれ、目を澄ませるのはそうか、私の方だったのだ。と気づかされました。貴重な映画体験でした。岸井ゆきのさんが本当に素晴らしかったです。
(あらすじ)ケイコは下町の小さなボクシングジムでトレーニングを続けるプロボクサー。人間関係は不器用な方で愛想がなく、耳が聞こえない。トレーニング、ホテル清掃の仕事、試合に明け暮れる毎日。そんな中でやがて言葉にできない心の揺れを感じ始める。ある時ジムの閉鎖が告げられて‥。
映画の前半、特に大きな事件もなく、ケイコの日常が淡々と綴られていきます。感情表現の少ないケイコですから、一挙手一投足を見て私達は彼女の気持ちを推し量ることになります。
試合の勝ち負けに対するケイコの感情や心の揺れについて、疑問や想像が次々と頭に浮かびますが、自分の読みが合っているのかどうかはわからないまま後半まで進みます。これ、どうなって終わるんだろう?と少し感じたりもしました。
ところが、会長と一緒の何気ないシーン。ここでのケイコの表情から突然色々なことがわかって、うわーっと涙が出て、自分でも本当にびっくりしました。こういう感動ってあるんですね。
心の居場所としてのジム、会長に寄せる信頼、モチベーションの下がることへの苦しみ、これからの不安や葛藤などなど、不器用だったケイコの気持ちが画を通してその時理解できました。
よく伏線回収などと言われて「あれは実はああだった‥」という話がなされますが、画だけでそれを感じたのは初めてです。
さらにその後、練習ノートから、その時その時のケイコの気持ちが畳み掛けるように浮かび上がります。ノートは自分との対峙そのものなので、まるで答え合わせがなされていくようなのです。
また、ラストシーンも私なりに理解ができて、いい終わり方だったなぁと思いました。前半の訓練の成果で、ケイコの気持ちが分かるようになったのかもしれません。
全体を通して特に印象に残っているのは、試合を見に上京したお母さん(中島ひろ子さん)のシーン。耳が聞こえない中でボクシングの試合をするというのは大変な危険を伴います。娘が殴られるのをまともに見ることができません。そのため、頼まれた写真もまともに撮ることができずどれもブレブレになってしまいます。
試合後に何枚ものブレた写真を見つめるケイコ。何も言いませんが、母親の心を感じて何かを思います。お母さんも、見ていて辛いはずなのに、また見に行くと言います。とても共感する場面でした。
岸井ゆきのさんは小柄で可愛らしいイメージの方ですが、ボクサーとしての身体作りから手話のシーン、セリフを言わずに全てを表現するという大変難しい役柄を素晴らしく演じておられて、ドキュメンタリーを見ているような気持ちになりました。見ればこんな俳優さんなのかと皆さん驚かれるのではないかと思います。本当にすっごくいいです。
会長役の三浦友和さんも、ジムの会長でありながら父親のような立場でケイコを見守り、温かさと厳しさがにじみ出る素敵な役どころでした。彼もまた雄弁ではないですが、互いにわかり合える間柄である、というのは、ボクシングというものがコミュニケーションそのものだからではないか、と思います。
「よく考えれば意味があった」何気ない場面がたくさんありました。気づくことがまだありそうなので、機会があればもう一度見たいと思います。