『夜明けのすべて』映画感想文・三宅監督独特のリアリティに包まれたやさしい作品

三宅唱監督の作品は、2022年の『ケイコ、目を澄ませて』が素晴らしかったので、今回も楽しみにしていました。

人からは分からない病気や症状、また苦しみを抱えて生きていかなくてはいけない時に、こんな風に生きていけばいいのではないか…そう示してくれているようです。

優しいばかりの世の中ではありませんが、絶望することもない。この映画が評価されていることそのものに、私は希望を感じました。

あらすじ

PMS(月経前症候群)のせいで月に1度イライラを抑えられなくなる藤沢さん(上白石萌音)は、会社の同僚・山添くん(松村北斗)のある行動がきっかけで怒りを爆発させてしまう。

転職してきたばかりなのにやる気がなさそうに見える山添くんだったが、そんな彼もまた、パニック障害を抱え生きがいも気力も失っていた。

職場の人たちの理解に支えられながら過ごす中で、藤沢さんと山添くんの間には、恋人でも友達でもない同志のような特別な感情が芽生えはじめる。

やがて2人は、自分の症状は改善されなくても相手を助けることはできるのではないかと考えるようになる。

2024年製作/119分/G/日本
配給:バンダイナムコフィルムワークス、アスミック・エース
劇場公開日:2024年2月9日

『映画.comより引用』

感想(ネタバレ含む)

私が特に好きだったところは「若い男女がいれば恋愛物語になる」というありきたりの展開になっていないところです。

人間関係がサラリとして、しかし優しさも満ちていて、とても心地よいのです。

・山添くんの彼女らしき女性とアパートの前で鉢合わせしても、普通に話す藤沢さん(彼女も)。

・彼女が転勤になっても、あれこれ考えず淡々と受け止める山添くん。

・藤沢さんも最後にはあっさりと職場を去っていき、二人ともジメジメしない。

人と人とのつながりは癒やしをもたらしますが、密接になりすぎると執着し、新しい苦しみが生まれます。

互いに腹6分目くらいの人間関係でやっていくのも、時には大切だという気づきもありました。

主人公の二人が、失敗や試行錯誤の末に自分たちの新しい生き方を見い出していったのだろう、と推測できるところがとてもいいです。

二人の間に、互いに助け合う、理解者という関係性が芽生えていくさまがとても自然ですし、ラストで山添くんの表情がとても良くなっていることに気がついて驚きました。

松村北斗さんは朝ドラのカムカムエブリバディから注目し始めました。『キリエのうた』の役どころの解釈が素晴らしいと思いましたし(映画そのものは残念ながら好きではないのですが)、多分、読解力がおありなのだと思います。

また、上白石萌音さんも、時に感情のコントロールがきかなくなる女性を繊細に演じておられました。本来は優しく気遣いのできる女性が、カッとして他者に怒りをぶつけてしまうのも、自己嫌悪を伴うだろうな…と、辛さが伝わってきました。

彼らほどではありませんが、私もPMSやパニック障害という名前がない頃に、これらのような症状で困ったことがありました。

その頃、受診はもちろん、誰かに相談することもできず、インターネットもなくて知識も得られず、ひとりで苦しみましたが、今から思うと、症状よりも孤独が強く感じる方がつらかったように思います。

他者とゆるやかに繋がり、こういう風に生きていけば良かったのか…という思いもあり、多くの方にこの映画を見ていただきたい気持ちです。