私が予想していたのは、シリアスな裏社会と音楽を絡めた映画でした。しかし、実際に観た作品は異なりました。
この映画は、ユーモアに溢れており、ファンタジー要素も含んでいます。一言で言えば、楽しい作品でした。
最近、観た映画が重苦しかったため(もちろん、自分で選んで観たのですが)、この映画は気分転換にぴったりで、楽しむことができました。
この映画では、夢を追いかけたり、日常生活に囚われて夢を見失ったり、何かのきっかけで立ち直ったり、という人間らしい物語が描かれています。私は、こうしたテーマが好きです。
原作など概要
今作は、ジャズミュージシャンでエッセイストの南博さんの回想録「白鍵と黒鍵の間に -ジャズピアニスト・エレジー銀座編-』をもとにした映画です。
とはいえ、原作は大胆にアレンジされており、物語は2人の主人公、若い「博」と3年後の「南」に分かれ、二人のタイムラインが絡み合う独特なストーリー展開となっています。
未来への夢を追い求める博と、夢を見失った南。二人は同一人物なので対面しませんが、同じ時間軸に存在するのが面白い要素です。
池松壮亮さんが2つの役を繊細に演じ分け、実際にピアノも弾いていらっしゃるとのこと。
ジャズの魅力、昭和末期の銀座の空気感、また、夢についての葛藤や1人のミュージシャンの成長などが描かれた作品です。
原作の南博さん自身がエンディング音楽を提供しており、とても素敵なアクセントとなっています。
あらすじ
1988年の銀座。ジャズピアニストを目指して銀座の町に飛び込んだばかりの博(池松壮亮)は、不本意ながらもキャバレーでプレイしていた。
その演奏中に謎の男”あいつ”(森田剛)から「ゴッドファーザー愛のテーマ」をリクエストされるが、その曲が災いをもたらすことを知らず、演奏してしまう。
この曲は熊野会長(松尾貴史)しかリクエストできず、勝手に演奏してはいけない曲であった。
南(池松壮亮・二役)だけが会長のお気に入りピアニストであり、演奏を許されていたのだ。
夢を追う博と夢を失った南、二人の運命が絡まり、他のキャラクターも巻き込まれて銀座の夜はカオスと化す。
さて南は夢を再び取り戻せるのか…。
キャスト・監督・脚本
原作:南博「白鍵と黒鍵の間に」(小学館文庫刊)
監督:冨永昌敬
脚本:冨永昌敬、高橋知由
キャスト
池松壮亮(南・博)
仲里依紗(千香子)
森田剛(あいつ)
クリスタル・ケイ(リサ)
松尾貴史(熊野会長)
高橋和也(三木)
松丸契、川瀬陽太、杉山ひこひこ、中山来未、福津健創、日高ボブ美、洞口依子、佐野史郎
ネタバレあり感想
夢を持ちながら叶わず苦悩している「博」、クラブのピアニストにはなったものの日常に埋没、花瓶のような存在の「南」、そして終盤に現れた南の3年後の「南博」はなんとビルの谷間のゴミに埋もれていました。
底辺にまで落ちて、ここで博と南が一体化したかのように見えました。
現実離れしたラストには人によって見方がいろいろありそうです。もしかすると南は死んだのかもしれないし、誰かの夢なのかもしれないし、ファンタジー寄りの現実かもしれません。
私は希望の持てるラストだと解釈したかったので、南が3年前のデモテープを見つけて覚醒し、自分の夢を思い出して走り出したのだ、と考えるようにしました。
どうしてそこから抜け出すことができたのか、というと、ビルの谷間に南(自分)が落ちてきたことで、押し出され、3人の南博がスライドしたのです。メチャクチャな話ですが、そう考えるしかありません(笑)
一か所に同じ人物がいると都合が悪いから…とどこかで見たような気がします。
それぞれが次のフェーズへ移動したと解釈しました。
「現状に満足しているわけではないけれど、今の場所から抜け出せない」というテーマは普遍的であり、誰にでもそういう時期があるのではないでしょうか。
そこに共感する人が、私も含めて多いかもしれません。
面白かったのは、銀座を牛耳る熊野会長(松尾貴史)ですら「やめて外国へ行きたい」と言っていたことです。外国ではなくあの世へ行ってしまいましたが…。
実際に南博さんはバークリー音楽大学へ行かれたので、作中の南博も留学に成功したのだろうな、と私は思っています。
キャストが良い!
二役の池松壮亮さんが良かったです。最近『愛にイナズマ』の予告で「オマエも少しはアクセルビュン!してみろよ」という台詞にムズムズしていますが、それはそれとして、特に南役の時がカッコよかったです。
カッコいい一方で、現状にくすぶっていてカッコ悪い面もあり、人間的な魅力にあふれた人物を好演しておられます。
コミカルなシーンもあり、お顔は似ていないですが、少し妻夫木聡に雰囲気が近いかも…と感じます。
クリスタル・ケイさんの歌がまた良くて、とてもハマっていたのと、仲里依紗さんが、ややもすれば泥臭い話になりそうな舞台に爽やかさをもたらしていたのが印象的でした。
そして何と言っても森田剛さんの「あいつ」役が、哀れで良かったです。名前があるのに、人からあいつとしか呼ばれない、ムショ帰りの男です。
一生懸命人に絡んでいくのに、ほとんど相手にされないチンピラ…なんともいえない悲哀を感じて大好きな役柄です。
三木役の高橋和也さんも良かったし、一瞬現れる(幻?)お母さん役の洞口依子さんが、少しトンチンカンで南を苛立たせるところも親として共感できました。「母子手帳がなかったからへその緒…」私も同じことを言いそうです。
南の母親への態度が、最後には感謝の気持ちへ変化していたのが感慨深かったです。これが銀座へ来て6年?の成長なのかな、と感じました。
まとめ
バカ→ダメ→ゴミという転落からの不死鳥のような復活を予感させるラスト。ジャズの音色と共に、心地よく楽しい作品でした。
94分という時間も、中だるみがなくて見やすく、ちょうどよかったです。
シリアスなものを求めている方には意外な展開かもしれませんが、楽しい作品を期待されている方には気に入っていただけるはずです。