いかにカッコよく、面白くするか。豊富な映画知識を持つタランティーノの執念というか、変態性を感じる映画でした。 ユマ・サーマンとジョン・トラボルタのダンスシーンはあまりにも有名。冒頭はいつも通り最高!です。
作品情報
監督・脚本
クエンティン・タランティーノ
キャスト
ジョン・トラボルタ(ヴィンセント・ベガ)
サミュエル・L・ジャクソン(ショーン・ウィンフィールド)
ユマ・サーマン(ミア・ウォレス)
ブルース・ウィリス(ブッチ)
製作
1994年/154分/アメリカ
原題:Pulp Fiction
配給:松竹富士
劇場公開日:1994年10月8日
あらすじ
大衆向けの犯罪小説(パルプ・フィクション)をモチーフに、3つのエピソードが交錯する犯罪ドラマ。
プロローグ
朝のダイナーでパンプキンとハニー・バニーのカップルが話をしている。2人はこの場で強盗を企み、拳銃を抜き店内に怒声を発する。
一方、ギャングの殺し屋、ヴィンセントとジュールスはくだらない話をしながら、ギャングのボスを裏切った青年グループらの部屋に乗り込み、奪われたトランクを取り返す。
ヴィンセント・ベガとマーセルス・ウォレスの妻
ギャングのボスであるマーセルスから愛妻ミアの世話を頼まれたヴィンセント。彼女の希望で食事やダンスをして過ごす。ミアはヘロインをコカインと間違えて鼻から吸引し瀕死となり、ヴィンセントは知り合いの売人を頼る。
金時計
落ち目のボクサーであるブッチは、マーセルスから、大金と引き換えに八百長試合を持ちかけられて承諾するが、裏切って勝利する。報復を怖れたブッチは、恋人のファビアンと逃走を図ろうとする。ところが、ブッチの祖父の代からの形見の金時計を、ファビアンが置き忘れてきたことが発覚し、ブッチは金時計を回収しにアパートへ戻る。
ボニーの一件
マーセルスを裏切った青年グループからアタッシュケースを取り戻したヴィンセントとジュールス。人質マーヴィンと車に乗り込むが、ヴィンセントが誤射してマーヴィンを殺してしまう。死体の処理に困り、知人ジミー(タランティーノ)の元で、組織の掃除屋のウルフを頼る。
エピローグ
プロローグのシーンに戻り「ボニーの一件」を終えたヴィンセントとジュールスが、ダイナーで朝食を摂っていると、パンプキンとハニー・バニーのカップルが店内で強盗を始める。強盗はジュールスに銃を向ける。
結末あり感想
意味のない対話の多用、とよく言われ、『レザボア・ドッグス』で私もそう感じていました。しかし、何気ない会話から(おおむねロクでもない)人柄が垣間見え、個性が際立ち、奇抜な人物造形に説得力を与えているのだなと今回気づきました。
物語は複数の時系列で展開されて、異なる登場人物たちのエピソードが交差します。予測不可能な展開となりますが、構成が入り組んでいても理解しやすいのが良いところです。
「どこがつながっているのか?」という疑問から、ラストにしたがって集約していく面白さがとても心地よく、楽しめました。
魅力的な登場人物たちの中でも、トラボルタとユマ・サーマンの章はキャストの良さで最も面白く味わいがありました。
よくよく見ればたいした話でもないのですが、格好良さとダサさが奇妙なバランスを保っていて素晴らしい出来です。
正直、前半〜中盤のこの章が良すぎて、後半が長く、自分の中で緊張が切れた感じがするほどでした。
そもそも2時間半と長く、本当にこれだけの時間が必要だったのかは…ほんの少し疑問です。
そういえば、冒頭とラスト近くにジュールスの長話があり、ここだけは長過ぎて全く頭に入ってこず「これ必要? 意味あるの? 大事?」と思いながら見ました。
聖書の引用も適当ですし、面倒臭いキャラという表現をしたかっただけにしては長く感じてしまいました。
その辺りがマイナスだったので全体評価として私は『レザボア・ドッグス』の方が好きです。
『パルプ・フィクション』に関しては「面白いと思ってやってるかもしれないけど、意外とつまんないな〜」と思わせるところがちょいちょいあり、全肯定はできませんでした。パルム・ドールを獲ったのもちょっと評価され過ぎかなと…。
とはいえ、誰も知らないような映画ネタまで満載しながら娯楽作品として完成させているところは凄いし、大したものだと思いました。
ただただ楽しく、余韻もさほどなく、「あー面白かった!!」という感想だけが残るタランティーノ作品。鑑賞後感が打ち上げ花火のようです。
彼の作品に奥深い感情の機微は期待していないため、ただ面白いだけでいいし、そのような映画があり、監督がいても、それはそれで全然いいなと思います。
あと1作で引退するという噂ですが、まだ60歳ぐらいですし、本当に珍しいおかしな映画監督なので、少し休んだらまた変な映画を作って楽しませてほしいです。