平山の過去についてははっきりと語られていませんでしたが、相当な転機(転落)があったのでは…と思われます。
そうでなければ、ラストシーンの表情に繋がらないような気がするのです。
非常に余白の多い作品で、思うところも多く、年末に見たこともあり心に染みました。
監督
ヴィム・ベンダース
キャスト
役所広司(平山正木)
柄本時生(タカシ)
三浦友和(友山)
石川さゆり(ママ)
アオイヤマダ(アヤ)
中野有紗(ニコ)
麻生祐未(ケイコ)
田中泯(ホームレス)
2023年製作/124分/G/日本
配給:ビターズ・エンド
劇場公開日:2023年12月22日
東京・渋谷でトイレの清掃員として働く平山。淡々とした同じ毎日を繰り返しているようにみえるが、彼にとって日々は常に新鮮な小さな喜びに満ちている。昔から聴き続けている音楽と、休日のたびに買う古本の文庫を読むことが楽しみであり、人生は風に揺れる木のようでもあった。そして木が好きな平山は、いつも小さなフィルムカメラを持ち歩き、自身を重ねるかのように木々の写真を撮っていた。そんなある日、思いがけない再会を果たしたことをきっかけに、彼の過去に少しずつ光が当たっていく。
映画.com『PERFECT DAYS』より引用
平山さん、何があったの?
「言わぬが花」という言葉があります。平山さんの過去について思いを巡らせるのは野暮でしょうか。
今、本人がこうして幸せならそれでいいのではないかという考え方はあります。
それでも考えずにはいられないのは、ラストシーンの表情が気にかかっているから。
それまで、美しく、ファンタジーのように語られた物語に、平山の感情のほとばしり、生々しさが与えられて「終わる」のです。
これをどう思いますか? 決して悪い意味ではないのですが、ずるくないかと思うのです。
「え! ちょっと待って平山さん、やっぱり何があったのか教えて〜!」
と思った時には劇場の灯りがついて退出を促されておりました。
後は想像するしかなく、こちらに問いを投げかけられた印象を受けました。
あの、最後のシーンで平山の心に去来したものは何だったのか、それが肝のように思えてなりません。
触れられなかった平山の過去を考える
どうやら彼は裕福な家庭の出身のようです。文学に親しみ、英語の歌の歌詞も分かっているように見えます。
運転手付きのレクサスで現れた妹との会話では、父親との確執があって距離を置いていることがわかります。
立ち居振る舞いにも品があり、かつては高度な教育を受けて、仕事でそれなりの地位についていた気がしました。おそらく立派な父親の元で立派な役職についていたのでしょう。
しかし彼の心は満たされなかった。あるいは家族を失ったのかもしれないし、心を病んでしまったかもしれません。父親との衝突や、何か転機となる大きなきっかけがあったはずです。
平山は全てを捨てる決意をして、死を考えたかもしれないし、家も持たずに公園で寝泊まりしていたかもしれません。
ちょっと妄想
ある朝、公衆トイレ近くのベンチで目覚めると、早朝の清掃員がトイレ掃除をしています。
平山はまだ気づいていませんが、妖精になっていました。
何もかも捨てたはずの彼でしたが、夜明けの空を見上げ、何か新しい自分になったような気がしました。もう一度自分の人生を構築してみる気になったのです。
平山は清掃員にたずねます。「どうすればこの仕事につくことができるのですか?」
こうして彼はトイレの清掃員という職を得ました。キレイなトイレをさらにピカピカに磨き上げる仕事です。
外観と間取りが噛み合わない不思議なアパートに住み、時代に取り残されていることも分からない生活ですが、ささやかな日々の楽しみがあればそれで充分幸せです。
昔、人間だった頃の生活に比べれば〈完〉
ラストシーンをどう見るか
少し悪ノリしてしまいました。
「日々のルーティンを守りたい気持ち」が平山はやや強めかもしれません。
彼は同じことをしていても、毎日が違うことを自覚していたので、一日一日を愛おしんでいるのです。
小さな事件でルーティンが乱されることを不快に思う一方で、他者への優しさにも満ちあふれています。
かなり苦労した人でないと持てない優しさに見えます。
深く人と付き合うことを避けているのは、過去のトラウマであり、本来は共感力の高い、人の心の傷をよく理解できる人なのです。
優しさゆえに、流され、自分の生活が乱されることもある。無口になっていったのはそんな理由かもしれません。
そしてラスト、ニーナ・シモンの『Feeling Good』を聞きながらこみ上げるものを抑えられない平山。
この歌は元々、階級社会を描いたミュージカル作品の劇中歌。曲調からも推測できるように、明るく元気な「いい気分♪」でないことは明らかです。
苦難の中から「新しい夜明け、新しい一日、新しい人生」を自らの手でつかみ取り、誇らしさと喜びが心の底から湧き上がる、エモーショナルな歌です。
一度は苦汁をなめた人間が、立ち上がり、再生していく。そんな人間讃歌的な意味を感じて、平山は心動かされたのではないでしょうか。
まとめ
私が観ようと思った劇場は、連日ほぼ満席で、とても注目されていることがわかります。
多くの方が、平山の素朴でありながら満ち足りた生活に、共感や憧れのような気持ちを持つのでしょう。
「足るを知る」心豊かで美しい暮らしに、身の回りがごちゃついている私も、とても心惹かれます。
ただ同時に、人生の浮き沈みを経て、辿り着いた暮らしであることも、充分見て取れました。
その境地に至る道のりは、まだ遠いかな、と感じます。
とても素敵な作品で、もう一度見てみようと思っています。
少し綺麗すぎる気がして、今年のベスト10には入れませんでしたが、邦画の中では最上位です。
まあ、綺麗過ぎるくらいでちょうどいいのかもしれません。リアリティを追求して生々しく描いたら気が滅入りそうですからね。
それでは、また次の映画でお会いしましょう!