『ノスタルジア』4K修復版(1983)映画感想文・タルコフスキーの洗練された映像美

この美しさは一体何なのか…。

絵画の連続のような美しさです。廃墟もゴミも汚泥も、一瞬一瞬が芸術作品で、スクリーンで見ると衝撃的でした。

映像美によって描かれるのは人間の苦悩で、そのシビアな対比も心に刺さります。

鑑賞してから数日経ちましたが、世界観から抜け出せず、まだ余韻にひたっています。

ずっとぼんやりしてはいられないので、感想を書いてけじめをつけなくては。

映画館で見られて本当に良かったと思える作品でした。

概要

18世紀ロシアの音楽家の足跡を追う旅を続けるロシアの詩人アンドレイは通訳の女性エウジェニアを連れてイタリアのトスカーナ地方にやって来る。アンドレイは病に冒されており、旅は間もなく終わりを迎えようとしていた。ある朝アンドレイは、周囲から狂人扱いされている老人ドメニコと出会う。世界の終末を信じるドメニコはアンドレイに1本のロウソクを託し、その火を消さずに広場を渡るよう依頼する。

2024年1月、日本公開40周年を記念して4K修復された「ノスタルジア 4K 修復版」が公開。

『映画.comより引用』


1983年製作/126分/G/イタリア・ソ連合作
原題:Nostalgia
配給:ザジフィルムズ
劇場公開日:2024年1月26日

その他の公開日:1984年3月31日(日本初公開)

感想(ネタバレ含む)

時間が経つにしたがって、私は、変人ドメニコと主人公アンドレイが同一人物であり、ドメニコが最初から存在しない人物だったように思えてきました。

存在しないというか、アンドレイに内包された幻だったのではないかと。

元々アンドレイは以下の二つの間で揺れ動いていました。

(A)ソ連、故郷、家族、貧困、共産主義

(B)イタリア、芸術、亡命、自由、愛人、資本主義

内なる自分(ドメニコ)に出会い、夢や妄想を経て狂人(!)へと移行し、自らの作り出した世界の住人となった…ように思えてきました。

なんだその解釈は、という方もいらっしゃるかもしれません。アンドレイは心臓病の悪化で亡くなる直前に夢を見たのだというのが、ごく一般的な見方だと思いますので。

まぁそれはそれとして、

ドメニコという存在はアンドレイと統合されたため、焼身自殺をとげたのではないか?

アンドレイはドメニコと一体化して、苦悩の末に発狂し、異国の地に故郷を見い出すようになったのではないか?

というのが私の妄想です。

故郷か亡命か、家か芸術か、心臓病も抱えている…さまざまな苦しみがアンドレイを襲い、最後は内的世界を安住の地としたと考えたい私でした。やれやれ(笑)

狂人こそが真実に近く、芸術作品を作るのだというドメニコの考え方が反映され、廃墟の中でも不思議と希望の芽を感じるラストシーンがとても美しいです。

実際にタルコフスキーはこの映画を作った後、亡命して芸術の道を選び、3年後には肺がんで亡くなっていますので、何か自分の身に起きていることを予感しての作品だったように思います。

余談ですが、この映画を見て頭に浮かんだのは村上春樹の「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」です。

出版が1985年、映画は2年前の1983年ですから、影響があったのではないかと想像しています。

私は当時、若かったせいもあり、悲しいラストのように感じましたが、今思うと、それほどネガティブな印象がありません。

同じように、この『ノスタルジア』は、死であっても発狂であっても、何か「自分が定まった」「決意ができた」印象が強くあり、ラストに陰鬱さがないのです。

迷いというのはとにかく苦しみを伴いますから、そこから解放されたというとはポジティブにとらえていいのではないでしょうか。

アンドレイ・タルコフスキーは難解だと言われますが、先入観で避けるのは本当にもったいないことです。私も難しいとは思いましたが、とても楽しく見ることができました。

現代は丁寧に解説してくださる方がネット上にたくさんいらっしゃいますので、そのような方々の力をお借りして、理解を深めたり、自分なりの解釈をして楽しむと良いのではと思います。

4K修復版でたいへん美しい映像でした。ぜひ多くの方にご覧いただきたいです。