『憐れみの3章』映画感想文・家族よりも強い愛を求める3章

前作『哀れなるものたち』があまり好みではなかったので、今作はどうだろうと心配だったのですが、これはとても面白かったです。

これまでの作品を見ていくと、『哀れなるものたち』だけが少し異質に感じました。

3話分の把握で少し疲れましたね…

あらすじ

選択肢を奪われながらも自分の人生を取り戻そうと奮闘する男、海難事故から生還したものの別人のようになってしまった妻に恐怖心を抱く警察官、卓越した教祖になることが定められた特別な人物を必死で探す女が繰り広げる3つの奇想天外な物語を、不穏さを漂わせながらもユーモラスに描き出す。

2024年製作/165分/R15+/アメリカ・イギリス合作
原題または英題:Kinds of Kindness
配給:ディズニー
劇場公開日:2024年9月27日

(『映画.com』より引用)

感想(ネタバレ含む)

3章立てで2時間45分という長尺でした。2章の途中で集中が切れて少し眠くなりましたが、トイレとともに、なんとか持ちこたえられました。

第1章

最もわかりやすい物語。上司の支配により、生活の全てを指示通りに行う男が、関係を切られた瞬間にどうしていいのかわからなくなります。

元の関係に戻りたいと悪戦苦闘の末、受け入れられなかった殺人依頼をやすやすとこなしてしまうという皮肉なコメディです。

支配する者と支配される者という図式は「社長と社員」「監督と演者」「先生と生徒」「親と子」などに置き換えられ、見る人によって、思い浮かべる関係性が違うのではないかと思いました。

私は特に母と子の関係に置き換えて、恐ろしく感じました。

母親が子どもに干渉する関係性の時に、いざ子どもひとりになると自分で何もできず「やっぱりお母さんがいないとだめでしょう」となりがちです。

親が支配し、子どもが親に依存する関係を思い浮かべて、第1章のラストにはぞっとしました。

コメディの形にはなっていましたが、支配される側が自ら「元に戻りたい」と切望する姿は、何か見てはいけないものを見たような、人間の本質をついているような、ゾワゾワする感じがありました。

第2章

この章は少し分かりにくい感じ。ダニエルとリズはどこまでが本当で嘘だったのか、解釈は分かれるところでしょう。

途中少し眠かったので見落としているかもしれませんが、私の見方では、元のリズは本物であり、偽物ではないかと疑心暗鬼になった夫ダニエルがカマをかけていく話だと思いました。

この人物はこうである、という認識のゆらぎによって精神的に不安定になり、ダニエルは次第におそろしい無茶振りを仕掛けるようになり、疑惑の妻を死に追いやってしまった、ということではないでしょうか。

本物であるなら、どうしてリズは前と変わってしまったのか…それは遭難による極限状態で、支配されることへの安心感や幸せを知ってしまったのではないかと想像しました。

ダニエルは元の妻を非常に愛していたため、変化を許容できなかった。つまり、リズは全てが真実で、ダニエルは嘘か幻覚だった、という解釈です。

最後に出てきたリズ(2人目)は幻影だと思いました。そうなると大変悲惨な話ですが。

矛盾があるような気もするので、もう一度見て確認したいです。

第3章

カルト教団のために、特殊能力を持つ女性を探すため奔走する話で、指導者の元へ戻りたい一心から、エミリーは見苦しいほどの努力をします。

穢れた身体をサウナで祓うなど荒唐無稽に見えますが、イワシの頭も信心からといいますからね。

信仰心…指導者の愛を得るためなら何だってするという、人間の心の隙というか、弱いところを描いているのかなと思いました。

これもまた支配下に置かれたい人物の話であり、どうやら今作のテーマはここにあるのかなという気がします。

こうした洗脳や依存の根本には自分に自信がないことや自己肯定感の低さに関係があると私は常々考えているのですが、それと支配されたい思いとは繋がっているような気がします。

自信のない人は考える力が弱いため、指示されコントロールされる方が楽なのです。どちらにしても問題だとは思いますが。

RMFさん

RMFさんは第1章で車で殺され、第2章でヘリ操縦により空から訪れ、第3章で生き返り復活、最後には元気にホットドッグを食べていました。

この方は、イエス・キリストのメタファーなのかな?とふと思いましたが、キリスト教に詳しくないので自信はありません。

全ての話に関わっていながら、少し神の眼視点っぽさもあり、RMFの由来と共に気になるところです。

いずれどなたかが解明してくださるのではないかと期待しています。

まとめ

どの登場人物も心から求めているのは愛情と承認。現実にある家族よりももっと強固な愛を求めているようでした。

そのために支配・被支配の関係を望んでいるのかな、と。

全体的に、ヨルゴス・ランティモスが優しくなったような印象を受ける今回の作品でした。

コメディタッチのせいなのか、あたたかみを少し感じたのです。

昔はもっと容赦ない映画を撮っていたはず。

それがいいのか悪いのかは分かりませんが、今作はとても気に入りました。

一番好きな作品は『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』に変わりはありませんが、今後の作品が再び楽しみになりました。